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実際の日本刀

高位高作の刀工について
日本刀には1000年に及ぶ歴史があり、その歴史の中で多くの名工達が生まれました。その中でも高い名声、高い人気を誇る刀工がいます。高位高作の名工、いわゆる有名刀工です。ではまず、その名前を簡単に挙げてみましょう。

平安時代  天国 光世 宗近 友成 安綱

鎌倉時代  藤四郎吉光 綾小路定利 来国行 来国俊 来国光 千手院 当麻国行 尻懸則長 新藤五国光 行光
       志津兼氏 一文字則房 吉房 助吉 助光 長船光忠 長光 景光 真長 近景 畠田守家 雲生 雲次       則重  左  延寿国村

南北朝時代 来国次 信国 長谷部国信 広光 秋広 直江志津 長船兼光 元重 長義 青江次直

室町時代 信国 村正 孫六兼元 和泉守兼定 長船盛光 康光 勝光 忠光 祐定 清光

江戸時代前期  堀川国広 伊賀守金道 越中守正俊 和泉守国貞 河内守国助 越前守助広 近江守助直 井上真改         一竿子忠綱 多々良長幸 相模守政常 繁慶 虎徹 大和守安定 初代国包 三善長道 康継 加州         兼若 肥後守輝広 南紀重国 信国重包 福岡守次 肥前初代忠吉 二代忠広 陸奥守忠吉 
         一平安代 主水正正清

江戸後期  水心子正秀 直胤 細川正義 手柄山正繁 長運斎綱俊 固山宗次 石堂是一 源清麿  栗原信秀
       会津兼定 徳勝 月山貞一 左行秀 八代忠吉 大和守元平 伯耆守正幸 等です。

 さて、室町時代以降はすべて数多くの実作があると言っていいのですが、南北朝時代以前は五ヶ伝本国でも極少数の実作しかない人が沢山います。それは山城国では来一門以外のすべての刀工、大和国ではほとんどが無銘で、相模国ではすべての刀工が、また美濃国も相模国同様です。極論すれば備前国以外は作刀が相当に少なかった、または使われて残らなかったと言えます。さらに天国、光世、宗近、長円、等にいたってはほとんど存在が神話じみています。

 これらのように多くの名工がいますが、実際の刀では平安時代から南北朝時代までの刀で原型が残されて(オリジナルとして)現存するものは想像以上に少ないと言わざるを得ません。この時期は世界的に見れば中世前期に当たり、この時期のものが現存しているだけで奇跡的なことです。室町中期(永正頃)まで時代が下がれば我々も比較的に手に取って見れる機会がありそうですが、鎌倉時代や南北朝時代の刀でまともなものはほとんど国宝、重要文化財になっており、そうそう見ることはできません。

 さらに平安時代にはそもそも刀(太刀)の中心に銘を切る習慣自体があったかさえ定かではありません。在銘で最古と確実に言えるものは鎌倉初期の安綱と考えられ、古代の記録によくある帳尻合わせの時代の吊り上げが行われた可能性が高いです。同じく平安時代とされる友成も嘉禎紀のもの(鍛冶平に改竄された)があり、事実としてその時期の刀工と考えられます。鎌倉時代以前では刀を持っているだけで特権階級の証になりますので銘字の必要性は少なそうです。他の工芸品も併せて考えれば、銘を入れることは職人が己が名を残すために、ひいては偽物防止の為です。刀工の地位が確立したと考えられる鎌倉時代初期までは比較的、必要がなかったことでしょう。また室町時代には武士の形が定まってきたので足利氏が一献と言う礼式を定め、贈答による社交制度がはじまります。これに刀が多く用いられることで刀の価値も大になり作者の証明として銘が尊重され刀工の銘も長銘を切り、入念作で無銘はほとんどなくなったことでしょう。

 その後、戦国時代や江戸時代の刀では人気刀工は工房制をとった場合が多いので前時代に比べれば割合にその作刀を見ることがでます。しかも工房制ですと品質が安定しますので、出来不出来が少なく平均した良い品質です。信頼できる武器としても大変な人気があったことと思います。このタイプの刀工はなんと言ってもやはり古刀では長船祐定、新刀では肥前忠吉です。尚、一人鍛冶は作品が少なく注文に応じて作っていたようですから、実験的な作刀があったりなど作風にはいろいろな変化があるようです。出気不出来の平均の水準という点では刀工の性格に依るところが多いようです。中には切れ味や広告ばかりに力を入れて、一人鍛冶にしては数多く作刀して成功した刀工もいるようです。

日本刀の真偽について壱 (ヤスリ)
 真偽は日本刀発祥以来の武器としての品質と、財産や文化財としての価値の根本に関わる問題です。大宝律令では中心に銘を切るように刀工に命じており、古くは平安時代から、そして現在まで偽物は造られ続けております。日本刀発明時には銘を切る必要もないほど作刀は限られておりましたが、平安時代も末期には偽物が横行してきたと見え、銘を切る必要性がでてきたようです(鎌倉時代の古書に、延寿は来に見紛うと書かれていたそうです)。しかし日本刀の価値が高まることに比例して偽物も増える一方でした。そこで、鎌倉時代では銘を切るだけでは真偽をはっきりさせるには不十分という結論になったのでしょう。中心仕立てに気が配られて、ヤスリによって丁寧に仕立てられるようになりました。

 ヤスリにより加工は時代が経つほど丁寧になり、新刀ではさらに化粧ヤスリも施されるようになり、幕末にその技術は最高峰まで高められました。まさに中心仕立てだけをとっても最先端の工作技術と言ってよく、中心もまた鑑賞の対象であることを示しております。当然、最高峰の刀工であった有名刀工達は中心仕立ても最高の技術でもって製作し、本物の刀の中心仕立ては技量不足による所作は一切ありません(乱れたヤスリや、よれたヤスリなど)。尚且つ、各刀工は自作のヤスリを使うため、それぞれのヤスリは必ず異なっております。各一門によってなど、刀工集団ごとの類似性はありますが、ヤスリ目で刀工を分類できるほどヤスリ目に特徴があり、真偽のおおきな証拠となっております。つまり銘の良し悪しだけでは、真偽の判断に不十分です。せっかくですから、先人が残してくれたヤスリ目を見るという知恵を使って刀を鑑賞して頂ければ幸いです。